大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(オ)39号 判決 1985年3月07日

上告人 長谷川保

村松健臣

久保田輝夫

湯田晃也

竹内毅志

木之下直次

斉藤吉正

鈴木正夫

岸本光右

谷田部孟

久土目昇

宇佐原敦

若山充

関司

加門一治

江崎滋

伊東英之

片桐国広

寺慶二

大橋義之

上谷田勝雄

右二一名訴訟代理人弁護士 儀同保

被上告人 水道機工株式会社

右代表者代表取締役 白井要

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人儀同保の上告理由について

原審の適法に確定したところによると、(1)被上告人は、昭和四八年二月五日から一四日までの間に、上告人らに対し、文書により個別に、就業すべき日、時間、場所及び業務内容を指定して出張・外勤を命ずる業務命令(以下「本件業務命令」という。)を発したが、上告人らは、いずれも、右指定された時間、被上告人会社に出勤し、その分担に応じ、書類、設計図等の作成、出張・外勤業務に付随する事務、器具の研究、工具等の保守点検等の内勤業務に従事し、本件業務命令に対応する労務を提供しなかった、(2)上告人らの所属する労働組合は、これに先立ち、同年一月三〇日、被上告人に対し、同年二月一日以降外勤・出張拒否闘争及び電話応待拒否闘争に入る旨を通告していたものであり、右闘争は、一定期間労務の提供を全面的に拒否するのではなく、組合員が通常行う業務のうち右の種類の業務についてのみ労務の提供を拒否するというものであって、上告人らが本件業務命令による出張・外勤を拒否して内勤業務に従事したのは、右通告に基づき争議行為としてしたものである、(3)被上告人会社においては、出張・外勤の必要が生じた場合、従業員が自己の担当業務の状況等を考慮し、注文主と打合せの上、あらかじめ日時を内定し、上司の許可ないし命令を得るとか、上司から出張・外勤を命ぜられた場合にも、出張日程等については上司と協議の上これを決定するなど、従業員の意思が相当に尊重されていたが、このような取扱いは、被上告人が業務命令を発する手続を円滑にするため事実上許容されていたにすぎない、というのである。

原審は、右事実関係に基づき、本件業務命令は、組合の争議行為を否定するような性質のものではないし、従来の慣行を無視したものとして信義則に反するというものでもなく、上告人らが、本件業務命令によって指定された時間、その指定された出張・外勤業務に従事せず内勤業務に従事したことは、債務の本旨に従った労務の提供をしたものとはいえず、また、被上告人は、本件業務命令を事前に発したことにより、その指定した時間については出張・外勤以外の労務の受領をあらかじめ拒絶したものと解すべきであるから、上告人らが提供した内勤業務についての労務を受領したものとはいえず、したがって、被上告人は、上告人らに対し右の時間に対応する賃金の支払義務を負うものではないと判断している。原審の右判断は、前記事実関係に照らし正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一)

上告人ら代理人儀同保の上告理由

一、原判決は憲法第二八条の解釈を誤っており、破棄さるべきである。

(一) 日本国憲法第二八条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」と規定しており、ここにいう団体行動をする権利とは、争議権を主要な柱とするものであることは、殆ど異論がない。

この争議権を「保障する」とは、争議を権利として行使することを保障することで、法律的にいかなる意味をもつものであるかを検討すると、通常は刑事的及び民事的にその正当性を認める、即ち刑事にあっては刑法第三五条にいう正当な行為として違法性を阻却し、処罰対象とならないこと(労働組合法第一条二項)であり、民事的には仮に使用者の権利を侵害することがあっても、不法行為及び債務不履行の成立を否定し、損害賠償の対象とはならない(同法第八条)ことであるとされている。しかし、争議権の憲法的保障は、右の二つに止まるものではなく、使用者に対して争議権の行使を理由に民事的な不利益を及ぼすことも禁止し、そうした行為のあったときは、これを不当労働行為として、労働者及び労働組合に国家的機関を通じてその是正回復を要求する手段を法的に保障している(同法第七条第一号)のである。

従って憲法二八条にいう保障の意味は、これらに限定されるものではなく、争議権の行使について相当広い範囲で適用されることがその内容となっている、とみるのが当然である。

また右にいう「保障する」との内容には、争議権の権利性を否定するような立法は勿論、使用者及びその他の者がその権利行使を妨害する行為も禁止する、ということも当然含まれているもの、と解すべきである。

このように解さないと、保障とは単に民事的刑事的に責任を追求されない、という消極的な面のみに止まることになり、その行使が権利として保障されることの積極的意味を全く失ってしまう結果となるからである。

本件においては、憲法二八条の右の趣旨に照らし、使用者がとった手段が争議権の行使を否定し、その行使に対して不利益を与えるものであったか否か、まず判断の対象とされねばならない。

(二) ところで原判決は、昭和四八年一月三〇日になした組合執行委員長の争議通知は、未だ予告に止まるものであって、現実の争議行為は会社が業務命令を発した時に入るものであるから、右のような業務命令は争議対抗としての意味を有しない、と解しているが、これは労働争議について全く理解を欠いた誤った判断である。

労働争議は、具体的に争議行為に入った時以後だけを指して争議とすべきものではなく、争議通知、争議突入、争議休止通告、職場復帰等の各段階的情況があり、これを包含していわゆる争議状態というのである(有泉亨「労働組合の争議戦術」八六頁)。そして判例学説も、組合から争議通知のあった時を以って労使の間が争議状態に入った、とする点については殆ど異議をみない。

従って、争議状態の中で特定の争議行為が使用者に対して示されたときは、個々の具体的争議行為に対してこれを全面否定したり、又はその行為を禁圧するような実力行使又は強力な言動等は、明かに争議対抗手段として為されたというべきで、学説でも争議状態に入ったあと為される業務命令は、当然対抗手段と見るべきであるとしている(片岡昇「使用者の争議対抗行為」六八頁)。

ただ、使用者も労働組合の争議行為に対し全く対抗手段が許されないわけでなく、これに応じた程度の方法は許されるが、それは憲法及び労組法に保障される労働者の団結権及び争議権の侵害にならぬ範囲でのみ、正当性をもつものと言わねばならない(この点について、使用者の対抗手段は必然的にロックアウト的性質を伴うので、その方法限界については、当然ロックアウトについての最高裁第三小法廷・昭和五〇・四・二五判決、同第二小法廷昭和五二・二・二八判決の趣旨が考慮されねばならない。)から、その対抗行為、すなわち本件では業務命令書というこれまで全くない形による圧力と、社内業務は受領拒絶する、社内業務をしても賃金は支払わない、という強い対抗措置に出た以上は、当然右の労働者の権利に対する侵害を企図し、その実行行為に出たものであって、通常時における業務命令とは異なる意味と効果をもち、正当性を欠くもので、従って労働者に対して拘束力を有しないことは明白である(前記片岡著六一頁、六三頁、ここに援用する京都地裁昭四一・四・一五判決)。

(三) 以上のとおり従業員としては、右のような無効の業務命令に服する義務はなく、従来の通常業務である社内業務に就くことは、当然といわねばならない。

然るに原判決は、原告らの属する労働組合が、その争議の方法として、出張・外勤を拒否し通常業務に就く、という正当な争議の方法をとったのに対し、使用者の側で出張・外勤を強制する業務命令を出し、通常業務への就労を拒絶し、かつ通常業務を行なっても賃金を支払わない、と通告をしたのは、業務上必要かつ当然の行為である、との前提に立っているが、これは前記の憲法二八条の規定を無視し、又はその解釈を誤って適用したものに外ならず、当然に破棄されねばならぬものである。

二、原判決における法令の違背(一)

原判決は、労使の間の労務提供について、使用者の明示又は黙示の指揮に沿う労務提供だけが、債務の本旨に該るものであると限定し、本件においては業務命令に基く出張、外勤のみが債務の本旨に沿う業務であると結論している。しかし本件における社内業務の内容は、日日職制によって指示されていたものではなく、従業員の判断を主として日日の作業内容が決まっていたことは、証拠上明らかである。従って通常行われている内容の社内業務は、通常なら当然従業員の労務提供の内容に該るものであって、通常の社内業務への就労が労務の提供がないとか、労務提供に該らないものではない。

従って問題となるのは、債務の本旨に沿う労務提供とは、使用者の明示又は黙示の指示するものに限られる、という点のみであるが、ここでいう黙示の指示というのは、判旨自体具体的にどのようなことを指すのか明かでなく、また通常の労務提供の一般的な実体から考えても日常的に黙示の指示というようなものは存在しない。前述のように、社内業務も会社のために為す作業であり、有形無形にも会社の利益に帰する労働なのである。そしてそれが日々改めて指示されるものではないことからも、黙示の指示というのは「明示」と書いたことの対句として並べた、というだけの意味しかないと解するほかない。

そこで、問題は明示の意思に反したら債務の本旨に従わないことになるか、という点だけになる。ところで労働者は労働契約の締結により、一切使用者の労務指揮権下におかれると言うことは、労働者と使用者が対等の立場に立つという契約原則に抵触する。労働契約は人身拘束契約ではなく、予定される一定の形の中で労働力を提供する、という内容であるから、労働に関して一切の支配に服すると考えるのは労使間における条理の適用、労働者の団結権・団体交渉権の否定に連る結果となり、本質的な誤りと言うべきである。

また例えば、業務命令が出た場合でも、労働者の健康又は自然上の条件によって、その実行が無理な場合に、これを遂行しなかったと言って直ちに労務不提供と非難し、不利益な取扱いをすることが正当と言えないことからも明らかで、結局は命ぜられた業務の内容と、他の条件も勘案した上で労働者がこれを拒否したことが正当と考えられる理由によるか否かによって判断されることになる。従って命令された業務に就かなかったというだけで、直ちに債務の本旨に従わないと断定することができないことは明白である。もし原判決のように、使用者が指示したとおりの労務の提供をしなければ、一切債務の本旨に沿うものではない、と断定するというのであれば、債務の不完全履行という概念を否定することになり、概念的にもまた事実上もその存立する余地はなくなると言えよう。

例えば商品百個の注文に対し九〇個提供したとすれば、百個でないから債務の本旨に沿っていない、ということになるし、また一日八時間の就労となっているのを、四時間しか就労しないと通告したとき、それは八時間と定めた債務の本旨に沿っていないから受領を拒絶する、というのと同様になる。

このような解釈が常識に反することは明らかで、原判決の解釈はこの常識に反し、また労働関係調整法第七条で、怠業即ち労務の不完全履行の存在を認めていることを無視し、労務については不完全履行はあり得ない、と断定した誤りを犯したものと言わざるを得ない。

原判決は、このような誤った解釈に基いて、社内業務への就労を債務の本旨に沿わないと判断したもので、法令の解釈適用を誤った違背があると言うべきである。

三、原判決における法令違背(二)

本件で組合のとった争議方法は、付加的勤務である出張と外勤は拒否し、通常業務である社内勤務に就労するという戦術であるから、不就労ではない点でストライキではない。もし出張又は外勤という労務が、使用者側にとって一〇〇パーセントの労働効率とすれば、多小労働効率が低い社内業務に就くことなので、これはその形態及び性質から当然怠業に該るものである(直接ではないが有泉前掲一二二頁、一三一頁)。

本件使用者は、賃金カットはノーワークノーペイの原則であると主張するが、本件においては争議参加者が社内業務に就労したとの点は、原審の事実認定でも動かし難いところであって、不就労という事実は存在しない。ノーワークノーペイは、全く労務提供がない場合のことであり、少くとも労務提供があった場合は、その原則通りワークに応じたペイはしなければならない。組合の争議方法としての社内業務就労が、使用者にとって面白くないとか、その時期にやってもらう必要がないというだけでは、これを拒否する正当な理由にならず、従って賃金請求権を否定する理由とも為し得ない。

また本件において、業務命令を出した際に、その命令書に社内業務への就労を拒否する旨記載したとか、又は口頭で通告したということも、単なる形式に止まり、従業員が社内業務に就労することを現実に阻止したことも、また就労中に拒否したこともなく、いわゆる黙示の労務受領をしたのである。ここで従業員のなした労務は、個人的用務ではなく、使用者にとっての有益労働である以上、ノーワークとは言えず当然に賃金支払の対象となる労務提供と言わねばならない(石川吉右衛門「労働組合法」二五〇頁)。原判決はこの点の判断を誤り、争議行為即ちストライキ、即労務不提供となるから、賃金請求権の発生する余地はない、という解釈をしたのか、又は債務の本旨に沿わない労務提供というものは存在し得ない、即ち怠業という争議方法は存在しない、という誤った解釈に陥ったのか、何れにしてもその結果前記労調法第七条の解釈適用を誤るという法令違背をしたもので、当然破棄さるべきものである。

以上

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